役員・株主の諸問題
当事務所で取り扱った、株式や取締役にまつわる事例をご紹介します。
Contents
事例①:株式の売却により株主の地位を、より有利な条件にて譲渡することに成功した事例
ご相談内容
ご相談者であるT氏は、過去に同じ会社の後輩や取引先の下役員らと一緒に設立した会社であるL社の株式を30株保有していました。
T氏としては、株式をL社またはその代表取締役個人に売却し、株式を金銭に換えるとともに、L社の株主としての地位を、より有利な条件にて譲渡したいと考え、当事務所に相談に来られました。なお、T氏は数年前にL社の役員を退任しておりました。
問題点
本件では、T氏がL社等に対して、株式の買取を求めるにあたり、その価格が問題になりました。特に、T氏はL社に長年在籍し、多大な貢献していたので、相応の価格での買取を求めておられました。
解決内容
1 まず、L社の代表取締役及びL社の会計事務所の担当者と連絡をとり、弁護士である当職がL社の会計事務所まで出向き、3名で話し合いの場を設け、上記両名にT氏の意向を説明し、株式買取価格提案額の決定のため、L社の直近3ヶ年分の決算報告書を準備してもらいました。
2 そして、取得した上記決算報告書の内容を前提に、一般的な株式評価額の算定式を基準に「L社の純資産額×T氏の保有株数割合」にて株式評価額を算出したところ、およそ3500万円でした。
まずは、このおよそ3500万円を当方の買取価格としてL社に提案しました。
3 当方は、上記のおよそ3500万円を買取価格として提案しましたが、L社において同金額での買取に応じてもらえるものとは単純には考えてはいませんでした。確かに、T氏には長年L社に在籍し、貢献がありましたが、現実には、上記一般的な株式評価額の算定式に則った買取金額どおりでの株式の買取が行われることは、むしろ稀でもあるし、L社のここ数年間(特にT氏の退任後)はその業績が思わしくないことを聞いていたからです。このようなことも既に十分に考慮に入れた上で、ある意味、当然、減額要請はしてくるであろうと見越した上での、上記およそ3500万円という提案でした。
4 当方からの上記提案に対しては、予想どおり、L社からは上記およそ3500万円での買取には応じられない旨の連絡が来ました。理由としては、L社において近日中には事業を清算する予定のない(=よって当方が提案したような「清算価値」による清算は妥当ではない)こと、及び最近のL社の事業状況が思わしくないこと等が挙げられていました。
5 そこで、当方としては、これに対し、MLが支払可能な買取額を提示するよう求めました。すると、L社からは、本件における様々な事情を考慮し「1100万円」との回答がきました。
6 当方としては、上記1100万円は、本件における株式の買取価格としては低過ぎると感じました。当方の提案したおよそ3500万円と、L社が支払可能とする1100万円との開きは余りに大きかったです。しかし、当方としてもL社に株式を買い取ってもらうのであれば、買取提案額については相当の譲歩が必要であることは判明したため、やむを得ず、当初の提案額(=上記のとおり、元々、少し高額に過ぎることは承知した上での提案でした)であるおよそ3500万円の2分の1に相当する1700万円にて、L社に再度提案をしました。
7 これに対してL社は、「1700万円の支払は困難だが、1300万円であれば支払が可能である」との回答でした。
当方としては、ここで1300万円で株式買取交渉を成立させるか、まだ交渉を続けるか非常に悩ましいところではありましたが、①L社の側も、支払可能額として提示していた1100万円から200万円を増額しているという意味で譲歩していること、T氏としても長年在籍していたL社との関係を極力良好な状態を維持した上で株主としての関係を終了させ、かつ、以前自身が役員として在籍した会社を相手とする本件を円満にかつ早期に解決することを望んでおられたこと、逆に、徒に長引かせた場合、L社の業績が更に悪化していく可能性すらあったこと等の事情から、本件では、1300万円での株式の買取交渉を成立させることにしました。
8 上記のとおり、T氏及びL社において買取価格についての合意ができたことから、T氏において必要となる株式譲渡に必要な書類についてL社に確認をした上、万全を期すために、後日金融機関に集合し、上記各必要書類の締結とT氏への代金の支払とを同時に行うこととして交渉を進めました。ちなみに買取る者はL社自体ではなく、同社の代表取締役が銀行から融資を受けて購入することになりました。
9 後日、双方の代理人弁護士を含めた当事者が金融機関に集合し、上記各必要書類の締結と決済を完了し、T氏はL社の株主としての地位の譲渡に成功しました。
これをもって、本件は無事に事件終了となりました。
10 本件は、T氏の株式の買取価格について極力高く維持したいという要望と、長年在籍したL社との関係は壊したくないという交渉の中では矛盾しかねない2つの要望の落とし所を見付ける必要があった事案でした。
その過程で、買取金額について交渉を重ねることで、L社からも譲歩を引き出せたことは一つの成果といえるものでした。そして、改めて、一般的な算定式による価格算定だけではなかなか上手くはいかないものの、比較的難しいとされる「株式買取交渉」であっても、依頼者に最大限有利となるような交渉の方法やテクニックを多少なりとも発揮できた事案でした。
事例②:株式の買取によって経営権の統一(安定)に成功した事例
ご相談内容
ご相談者であるH氏は、同族会社(定款に株式の譲渡禁止特約あり)であるA社の代表取締役です。
A社の株式については、過去の家庭裁判所における遺産分割審判で、本件の相手方となったL氏が37株を有していました。
L氏は、現在、A社の経営に関与しておらず、かつ遠方に居住しているため、A社に対し、自身の保有するA社の株式37株の買取を求めてきた、とのことでした。なお、L氏によると、仮にA社が株式の買取に応じない場合には、第三者に株式を譲渡することも考えるとのことでした。
問題点
本件は、あくまでもL氏から、「任意」で株式の買取を求められた事案であり、A社としては、当然、買取に応じる義務まではありません。しかし、A社が本件でL氏の有する株式の買取を拒否した場合、L氏は第三者に自身の株式を譲渡することが予想されました。
A社は上記のとおり株式の譲渡について、定款で譲渡制限を設けている閉鎖会社でした。会社と関係のない第三社が株式を取得することにより経営が不安定となってしまうことを防ぐためのものです。
株式の譲渡制限が設けられている場合、株式を譲渡するためには、会社に譲渡申請を行い、会社から譲渡の承認をもらう必要があります。
従って、L氏においても、A社の承認を得ない限り、A社との関係では適正にその株式を第三者に譲渡することはできませんが、当該株式の譲渡自体は、譲渡の当事者間では有効とされており、かつ仮にA社が譲渡承認をしない場合には、L氏はA社に株式の買取を請求できる権利をもつため、最後には裁判所の決めた価格での買取をA社は強制されてしまう、といったように、A社としては、L氏や株式を取得した第三者との間で、さらなる紛争に巻き込まれてしまうおそれもありました。
解決内容
1 そこで、A社としては、適切な価格であることを条件に、L氏からの株式の買取に応じることにし、L氏との間でそのための交渉を開始しました。
2 まず問題となったのは、買取価格です。A社としては、当然、できるだけ価格を低く抑えたいと考える反面、L氏はより高い価格で株式を買い取ってほしいと考えていました。
L氏は、当方の予想したとおり、一般的な株式の評価額の算定に用いられる「当該会社の純資産額×譲渡人が保有する株式割合」による価格の算定を求めてきました。当方で計算したところ、この場合の買取価格はおよそ1億6500万円にもなりました。
これに対して、当方は、①A社が当面の間、事業を清算する予定等がないこと、②A社は株式の譲渡制限を設けている会社であり、その株式は市場性に乏しい(=一般市場に出回らない)こと、③A社の今後の経営の見通しを考えると、L氏への買取価格として、上記のような1億6500万円という高額な金銭を支払うことは健全な経営を維持していく上において到底不可能ないし著しく困難であること、④L氏について、A社に対する貢献などは全くなかった、いわゆる名目的取締役であったにもかかわらず、一定期間は(税務対策の側面もあったことから)、役員報酬もL氏に対して支払っていたこと等を指摘した上、本件における株式の買取価格として2000万円を強く主張しました。
3 上記の当方からの指摘や主張が功を奏し、L氏は2000万円での株式の買取に応じてくれました。
4 そこで、当方にて株式の譲渡契約書を始め、株式名義書換請求書、株式譲渡承認請求書(本件は、株式のA社に対する譲渡としました)等を作成の上、H氏にも内容を確認して頂いた上、L氏との間でこれら各書面の締結に至りました。
5 これら各書類の締結が確認できたため、A社はL氏に株式の売買代金として2000万円(但し、同金額からL氏の譲渡所得税分のA社の源泉徴収義務分を差し引いた1600万円程度)を、L氏に支払いました。
6 これにより、A社は無事に、法律上求められた手続を履践した上で、L氏の保有していた全ての株式を買い取ることができました。A社としては、L氏に株式を第三者に譲渡され、A社の経営が不安定となってしまったり、第三者との間で更なる紛争に巻き込まれてしまいかねない事態を防ぐことができ、経営権の統一(安定)を図ることができました。
また、一般的な株式の評価額よりも極めて低い価格での買取に成功したため、A社の出費としても必要最小限度に抑えることができ、大変感謝されました。
7 なお、本件における交渉の委任を受けてから、株式譲渡に必要な各書類の締結の終了及びA社からの売買代金の支払までにかかった時間は、およそ10ヵ月でした。
8 本件のように、会社が株式の買取を求められている事案では、一般的な株式評価額の算定式だけに捉われることなく、事案ごとの事情を細かく考慮した上での慎重かつ繊細な価格判断が大切です。当職も本件を通じて改めて実感することができました。
また、本件では、株式の評価額の算定のための資料の収集や現実の提案価格の検討などに一定程度の時間を要しましたが、その後の迅速な交渉によって、全体として見ると、10ヵ月という比較的短期間で、事件を解決することができました。